【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその5

精神病

が今回のテーマです

【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその4

の続き第五弾です

前回は超絶ブラック企業である3社目を去ることになるところまでお伝えしました
今回は、退社したはいいけどそこで蓄積されたダメージがいよいよ表面化して
精神病
になりとんでもないことになったことについてお伝えします

自殺願望
生きる理由
慢性鬱8年
→もしかすると学生の頃からで15年??
躁鬱病
強制入院
がキーワードです
もう何か起こるか書いてありますね(笑)

退職金が出たが・・・

さて3社目を退社する際30万円ぐらい退職金が出ました
6年半勤めてそれかよ
安っっっ!!!
当時は会社としての利益があまり出ない状況だったし
レベル最低企業に状況もわからんくせに入った自分が悪い
誰のせいかって僕のせいなんです(笑)
でもエンジニアをどっかの企業へ売るっていう
完全に人依存なエンジニアアウトソーシングしているんだから
会社としての資産なんて何もないし
適当な意識でとりあえず仕事できればいいや的な人は
極めて多かったように思います
3社目に入る時点で、自分で展開していって成果出しまくって
一緒に会社と成長するんだ!みたいに思う方がいたのであれば
すぐに別の会社に移っているはずなんです
ちゃんとそういう目線があるエンジニアってのは
本質を見抜いてすぐ別の自分に合うはずであろう会社に
転職できる力を持っているはずだからです
もっというと、そういう力があるエンジニアは
そもそもこんな会社入るなよって話なんですけどね(笑)
結局そういったエンジニアは客先に投入されて
人間に対すべき扱いとは程遠い環境におかれ
いらなくなったらポイっとされるのが当たり前なのでした

ともあれ

4社目決めてから辞めるなんていう精神的余裕はなかったので
とにかく会社を辞めるという行動をとりました
すぐに転職が決まるはずだという意識も心のどこかにあったのも事実ですが
下手したら家賃も払えない状況になっていたかもしれません
皆さんへ声を大にして言います
よっぽど自信や見込みがない限りは
基本的にこの行動は非常に危険なのでオススメはしません!


ハローワークに行くことに

まず人生初のハローワークに手続きに行きました
ハロワに出している企業なんて手を出したらもっとひどいことになるのは明白
再就職手当という、すぐ決まるとまた30万円ぐらい出る制度を利用するのが
ハローワークに行った唯一の理由といっても過言ではありません
次もすぐ決まるとは思っていましたからね
そしてそれはすぐ現実となります

すぐに完結するであろうこのシリーズファイナルを見ればなぜこんなことを言っているのかわかるようにする予定ですが
当時Webの開発をずっとやってきて思ったこと
それは、いちいち行って紙出さないといけないのかよ!
アナログすぎるだろ!
なんで電子申請できるようになんでなってないんだよ!
でした
時間かかるめんどくさい会社員やっている場合市役所行ったりするのに最悪有給取らなければいけない
こんな遅れている日本の行政嫌(笑)

ハローワークの説明会に参加した

ハロワの説明会に行ったときのことは
忘れられません
会場にいる方々に会社員はいない
よどみまくった空気で、もしかして僕もこのまま正社員として内定もらえないんじゃないか・・・
と思わせてくれるだけの破壊力はありました
結果的に心配なかったんですけどね
このような非日常な場所に行けたのもいい経験だったかと思います

再就職に向けて

辞めたはいいけどまた就職しないとたくさんの貯金があるわけではなかったので
また正社員として会社で働くべく行動を開始する必要がありました
これまたリクナビネクストさんにお世話になりました
僕のやり方の詳しい話は別途記事を記載するとして
簡単にここでお伝えしますと
当時はリクナビネクストに職務経歴書などを登録しておき
プライベートオファーを待つというスタイルでした
プライベートオファーとは
あなたが登録したレジュメの職務経歴やスキル・キャリアプランなどを見て、求める経験やスキルを持っていそうだと感じた企業、および転職エージェントから届く「個別面接」の案内です。企業からのオファーに返信をした場合は、書類選考が免除され、面接を受けることができます。
※プライベートオファーは、面接の通過や、採用を約束するものではありません。
※企業がレジュメを見て可能性を感じた方に送るため、あなたが設定された希望条件とは、異なるオファーが届く場合もあります。
※求人企業の代行をする転職エージェントから届く場合や、転職支援サービスのご案内が届く場合もあります。
とあり、要するに
もう書類選考が通っている状態でのオファーだから
面接が成立しているので1次面接に来てくださいよ
ということです
採用側としてはプライベートオファーを送ることに関しては有料なので
誰にでも送っていると金額が発生してしまいます
当時の話ではありますが
少なくともリクナビネクストさんで募集している企業さんというのは
入ったらまず危ないでしょ
と思わせてくれる企業さんばっかりでした
なぜなら自分が思っている絶対的な軸としてあったのは
客先常駐はとんでもない悪である存在
という認識だったからです

プライベートオファーが来た

来ること自体は当たり前に経験している自分にとっては
驚くことではもちろんありません
皆さんも是非そう思ってください。プライベートオファーは職務経歴書ちゃんと書いていれば
転職サイト上で条件にヒットする人に対して送るだけのことなので
特別なことでもなんでもないのです
重要なことは受け取ったプライベートオファーが本当に自分の思考と合っているかどうか
4社目として入社する企業さんからは思考が合っていると思えたので受けに行くことになるのでした

4社目を決めるまでの話

まず当時の僕でもやりたいことはある程度方向性が決まっていました
BtoCのWebサービスやWebサイトを運営して価値を提供している会社がベストだと
そしてそれはまさに当時の僕の思考とマッチするプライベートオファーが来たので
面接に行くこととなったのでした

4社目はWebサイトを運営しており、ある程度売上があった企業さんでした
今までずっとWebの開発をやっており、BtoCの開発に携わりたいと思っていた僕にとってはうってつけでした
と、思っていただけで現実は崩れることとなります(笑)

結果として内定をもらうこととなりますが
自分の市場価値を調べることをしておらず、自分の価値を知らなかった僕は
入りたい一身で低めの金額を伝えすんなり内定をもらうのでした
今では考えられないことです
転職なんて結婚より大事なイベントとなる可能性があるんだから
是非市場価値は徹底的に把握した上で転職活動をしましょう
でないと何年、下手したら何十年、最悪は定年まで嫌な想いをする可能性だって
人によってはあると思っているのと同時に、そういう話はよく聞くし
テレビからそういった情報が紹介されることもあります
一般的にそういった傾向が強くて割合も高いから容易にそういった情報が流れるんでしょう

4社目でどうだったか

一部合っていたとは思うが雑魚企業でした(笑)
週2日のリモート勤務が可能でした
それに惹かれて入ったということも事実
エンジニアが一人しかおらず、その人はおそらくエンジニアとしてやっていくためにはというアンテナを張っていたとは思いますが
別にちょろっと意識が高いだけのエンジニアだった気がします
コミュニケーションが得意と思えたシーンはほとんどなかったですし
一人で作業をするプレイヤーとして多少意識があったぐらいなんだと思います
少なくとも社長は崇拝していたようだし、周りの社員も一目置いていた存在でした
僕もこの人には敵わないと当時は思っていましたが
今思うと地獄の中で確実に成果を出してきた経験は僕の方が圧倒的に上だったように思います
しかし自分の価値がわからなかったために敵わないと思ってしまったのです(笑)

成果主義の僕はその先輩エンジニアが定時で帰り
足りない部分を自宅で好きだからやっている中
会社で残って成果を出したいから残る日々を一週間も続けていなかった最中
驚くべきメールが社長から飛んできました

内容は以下の通りです
最近よく残業しているようですね
このままだとみなし残業を超える見込みだから
「基本給を下げてみなし残業の分を上げさせてもらえないか?」
「トータルで考えて何も変わらないからどうだろうか」
・・・は?またこのパターンか。失望した
精神病
へのポイント加算ですね。こちとら成果を出したくてやっているかつ残業代入らないのもわかっているのに
何を言っているのか、真の意味とこんなこと軽々しく口にすることによる影響が
どのぐらい半端ないことなのかわかってやっているんですよね?
と1年ぐらい問いただしたいぐらいの発言が容易に出てきたのです
驚愕な事実であることは今でも鮮明に覚えています

次の日、先輩エンジニアに、上記のことを言われたと相談しました
当時の僕は社会的に、会社的にどうあるべきかはっきり断言できない状態だったので
おかしいですよね?いったんそのままのまずに話ししてみるべきですよね?
と確認をとったのでした
さすがに先輩エンジニアも僕と同じことを思ったようで
社長さん、そういうことじゃないんですよ
と先輩エンジニアと2人で話をしました
ただ、僕は会社にいる間ではなく足りないと感じる部分は家に帰って
結局タダ働きを自ら積極的にやっていたのですよという状況が続いたのです

とうとう鬱病が表面化して事態が急変

3社目よりかはマシだと思う反面、上記のような出来事があったのもあって
人生で最も慢性的な鬱病が感じ取れてしまう瞬間がありました
人生で最も感じ取れてしまった瞬間というのは、4社目で働いていた頃の年末です
精神病
既に発症しています。ずっと一人で休息を取っていましたが
やばい死にたい。自殺したいどうしよう。自殺したいけどできない

ではなぜしなかった、できかなったのか?
それは自殺行為をして自殺を完遂できなかった時が恐ろしかったからです

例えばだかだか10階から飛び降りたとして
頭からではなく足かた落ちて下半身不随で一生歩けない身体になってしまった場合
例えば排気ガス自殺をしようとして
成立しなくて身体のどこかに何らかの一生ものの傷を負ってしまった場合
それでも生きるしかなくなってしまったパターンを想定すると
それは生きることに関して当時よりも過酷な状況に追いやってしまう
かつハンディキャップを背負った人生になってしまうこととなるのです
確実に完遂できない以上は手を出すべきではないという思考が一応働いてくれていました
結局今の自分は生きようと思うぐらいの意識はあるのだから
最も実行しなくてよかったと思える行動だったとも思います

当時僕は確実に自殺できる方法なんて知りませんでした
今の僕でもそうです。簡単に死ねる方法として安楽死を国から導入して頂きたいと思っていたぐらいです。
ま、今の僕は自殺しようなんて思わないです。今すぐ死んでもいいとは思っていますが(笑)

自殺したいと思ったことが急変したことです
しかしまだ先があるのです

どうにかしようと思ってとった行動

そんな中どうにかしないとまずい
何かやるべきだと思った僕がとった行動があります
それは

過去会社員として働いてきたことを日記として殴り書きするというものでした
①過去の出来事をとにかく書く
②その時々の心情がどうだったかをとにかく書く
③その時々の心情がどうだったか多少に留めて原因を分析した上で書く
④その時々、つまり自分にとって理不尽な状況に追い詰めた奴は誰なのかを書く
⑤その時々④に照らし合わせて自分が悪かったのかを紐解く

結論は
僕は何も悪くなかった
なぜなら成果を常に追求し極力周りの方々に迷惑にならないように仕事をしてきた
今の僕に対して誰か文句言えるなら出てきて欲しい
簡単にぶっ潰せる自信あります(笑)

過去をさかのぼって日記として殴り書きした結果

結論からいいますね
24時間も経たずして双極性障害(躁うつ病)になりました
上記の通りいわゆる躁鬱病ってやつです。どういったことかというと

うつ病だと思いながらも、極端に調子がよくなって活発になる時期がある場合は、双極性障害(躁うつ病)かもしれません。
双極性障害では、ハイテンションで活動的な躁状態と、憂うつで無気力なうつ状態をくりかえします。
躁状態になると、眠らなくても活発に活動する、次々にアイデアが浮かぶ、自分が偉大な人間だと感じられる、
大きな買い物やギャンブルなどで散財するといったことがみられます。
躁状態ではとても気分がよいので、本人には病気の自覚がありません。
そのため、うつ状態では病院に行くのですが、躁のときには治療を受けないことがよくあります。
しかし、うつ病だけの治療では双極性障害を悪化させてしまうことがあります。
本人だけでなく、周囲の人も、日頃の様子や気分の波を見守り、躁状態に気づくことが大切です。

上記の説明通りにほぼ全て当てはまり
人生で最も僕がイカれていた時となります

まずリモート勤務を生かし
レクサスに行きました
買えもしないくせに1000万円超えの車が買えると思ったり
買えもしないくせにかなり高い部類のSUVに試乗したりしました

次にFordに行きました
リセールバリュー悪い=価値がすぐ下がる車
でもレクサスより安いのでこっちの方がいいんじゃないかなーとも思いました

なぜ車!かというと
当時さいたま市に住んでいた僕はテニス週4ぐらいガチでやっていました
完全競技志向です
そのためにはテニスコートに行くために車があったほうが便利なんです
だから車を見て回ったんだと思います

家族が来て様子がおかしいと思ってくれた(今思えば)

たまたま母と姉が来る日があって
敏感な二人は僕がどうやらおかしいと即気づいたようです
レクサスに行って話を聞いたんだそうです
当時のイカれていた僕は勝手にそんなとこいって話聞いてんじゃねーよ!
と思いましたが、今思うと正常な二人は異常な僕を助けるために動いてくれていたんです

二人が帰ったあと僕が寝ている時
警察が来ました
いや覚えないんだけど、なんで?と思った矢先
ご家族のご要望で来たんです。一緒に警察署に来て欲しいんですが
・・・は?何いってんのこの人と僕の家族
俺にとって俺以外の人は全員敵になったの?俺に死んで欲しいの?
パニックになったわけではないですがそう思いました
任意なんですよね?帰ってくださいと言って寝ようとしても
ずっとピンポーンポインポーンならすし
家族の二人が言うのであれば
わかりましたよ俺が正常であると証明するために行ってあげますよ!
と言って仕方なく警察署に行くのでした
その後どうするつもりなのかはわかっていたので寝ることに徹しましたが
僕の病気のせいで寝れません。一睡もできませんでした。

その後埼玉でトップクラスの施設であろう病院に行き
診察を受けて証明しようとしたとき
結果が真逆であることに愕然とした僕がいました


精神病

結果は躁鬱病ってやつですね
医者に強制なんですか?(そんなわけないよね)
と聞いたら、「強制です」との返答でした
そんな権利誰かにあるのか?と思いつつ
既にガチムチの看護師が待ち構えていて
その場でダッシュで逃げないと捕まる状況でした
今の僕はダッシュできますが
当時の奥手の僕はできず、強制に関しては意味がわからないと言いつつも
ガチムチの看護師さんに連れられて
強制入院となりました

特に最初の入院生活なんて人と同然とは扱われなかったので
これまた過酷なものでした
仕事でないにも関わらずプライベートでさえそうなるなんて・・・

強制入院生活

ようやく4社目に入れたと思ったら
さらに過酷な人生が待っていました。次回は
精神病
による強制入院生活について
退院までをお伝えしていこうと思います

【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその6

お楽しみに!

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