【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその6

人生のどん底

が今回のテーマです

【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその5

の続き第六弾です

前回は超絶ブラック企業の精神ダメージが蓄積され
4社目でとうとう表面化
僕がぶっ壊れてしまい強制入院生活に突入するところまでお伝えしました

人生のどん底

というのはこの生活において相応しい言葉です

連れて行かれた先

まずガチムチの看護師さんに強制的に連れて行かれたところは
牢獄同様の部屋でした
わけも分からず部屋に連れていかれ
ガチャリ

その瞬間僕は自由を奪われました
当然ドアに鍵が掛かっているので部屋から出られないのです
あるのはベッドとトイレのみ
見えるのは看護師さんが通る通路と鍵が掛かった入り口
それだけです
あとは何もないので暇過ぎるのです
そしてモニタで監視されています

モルモットとして扱われる人間というのはこういうことを言うのでしょう
決まった時間になるとご飯が支給されます
いきなり突進して攻撃し、看護師さんをはねのけて出ようとする方もいたことでしょう
なので当然ガチムチの看護師さんが絶対に出られないように構えた上で
ご飯を支給するのです(笑)

そんなことをする気はない僕は
いったいこの先どうなるんだろうと
人生どん底
を感じるに事足りる経験をしているのでした

やらかしたこと

入院して1日も経たなくて落ち着いていない僕は
何か書いてある紙が僕に向けて外から貼られているのに気づきました
特に何も考えることなく暇だった僕は
通常考えられない方法でその紙を引っぺがし
ビリビリに破いたのでした
ご飯を支給される際、当然箸も付いてくるのですが
その箸を使ってリーチを伸ばし紙を引っぺがしたのです
看護師さん達驚いてました
どうやって取ったの?と
心の中でちょっと笑ってしまいました

その紙にには医療保護入院と書いてありました

医療保護入院(いりょうほごにゅういん)は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律33条に定められている精神障害者の入院形態の1つ。 入院を要する精神障害者は、その性質上、自ら必要な医療にアクセスする判断ができないことがある。

あぁ、まさに当時の僕ですね
躁状態という状態を知らなかったもので
まさに自ら必要な医療になんてアクセスする気にはなれませんでした
よって当然の如く入院する必要があると判断された
人生どん底
の僕がそこにはいたわけなのです

ずっと続いたわけではない

今思うと僕は症状が軽い方だったのでしょう
同じように自由に部屋から出れない階にいた方々で
ずっと大声で叫んでいたおそらく重症の部類にカテゴライズされている患者さんもいました

僕も当時ぶっ壊れていたしそんな叫ぶやつと同じ場所に入れるなよ・・・
とも思っていたので
僕も「ウッセー黙れ!」とか思いっきり叫んだことがありました
でも看護師さん達全員シカト(笑)
一回叫ぶぐらいじゃ引き続き経過をみましょうとなっているはず
と推測するのはぶっ壊れた僕でも容易なことでした

48時間ぐらい経ったある日・・・
1時間だけ部屋の外に出ることができました
おそらくこれも経過をみるためのことなんでしょう
僕はずっと視力が悪いのでメガネをしないと
視界の全てがモザイクとなります
同じ部屋の軽症な患者さんと話をすることができました

叫ぶような患者さんはいません
1時間出してもいいような患者さんにしか与えられない時間であるはずです
モザイクのままテレビみたり患者さん達と話をしたりして
すぐに時間は終わり部屋に戻ることとなりました

引き続き暇な時間を過ごすこととなるのですが
次の日は4時間部屋から出ることとなりました
おそらく前日の1時間で大丈夫な傾向であると判断されたためでしょう

大きな変化

次の日は8時間出ることができました
・・・とはならずもっといい話でした(笑)
今まで2階にいることを知るのと同時に
3階へ移ることが決定したと知らされ
部屋移動となりました

3階は一部を除き独房ではなく共同の階層になります
大声で叫ぶようなことがあった場合は即刻2階に戻り
やり直しとなるのです
部屋ではなく共同スペースで食事をするのですが
何もしていない人に対して怒鳴った人がいました
上記の通り即刻看護師さんに2階に連れて行かれていました(笑)

3階に移動となった日と次の日は
1日のうち10時間程部屋に閉じ込められていましたが
その後は共同部屋に移動となりました
騒いだり変な行動(箸で取った件を覗く)をしなかったため
すんなりルートで退院に向かうこととなったようです
そもそも最初入院期間を聞いて
冗談じゃない!と思った瞬間がありました

医者がこう言ったのです
2ヶ月「は」入院しないといけませんね〜

いつ退院することになるのかは後述します


3階共同部屋の生活

まず自分を含めた患者さん達
いきなり怒鳴ったり暴れたりするのを見たのは一回だけ
皆さんおとなしい方が多かったように思います
当時の僕もその部類でした

3階に移動と同時にメガネも返却されたので
モザイクとはさようならできました
いつでも出れていつでも入れる部屋
いつでも寝てていいし夜と朝のある時間帯を除けばテレビをずっと見ていてもいいし
とにかくゆっくり休んでくださいね
という空間でした
超絶ブラック企業によって僕は一度死んだのです
あぁ、休んでいいんだな
と思う反面、とにかく入院は納得できない
という思いもありました
なぜなら入院が「強制」だったからです

よく言えばゆっくり、悪く言えば何もすることがないのです
患者さん達の中にはもちろん派閥が出来上がっていたのですが
それは僕にはあまり関係なく
悪影響を受けることはほとんどありませんでした
だだ、本当に生活に困っていそうであったり
社会復帰は危ないんじゃないかと思ってしまう方から
よく社会に復帰するにはどうすれば良いのか
相談されることは多々ありました

そういう場合のほとんどは、なぜなのかという理由を聞くまでもなく
考えがちゃんとしていてしっかりしていると思うから頼りになる
と言ってくれることが多かったように思います

会社員をやる前にお金を稼いでいた僕にとっては
いやぁ、当たり前のことなのではないのか・・・
と思いつつそれは言わずに相談を聞いたのでした

いい子にしていると制限が外されていった

ちゃんとおとなしくいい子にしていると
1階の売店に行って雑誌を買ったり(当然看護師さんの監視付き)
作業療法士さんのプログラムを受けることができたり
制限が徐々に外されることによって
2階にいる時と3階に移動したばかりの時とは違い
ある程度の自由が手に入るのです

そうなると暇潰しの手段が増えることや仲の良い患者さんができたことにより
そこからはあっという間に時間が過ぎていくのでした

退院に向けて

入院生活の終わりが近づいてきたと実感できることとして
半日の外出と一泊の外出がありました
後者を2度問題なく過ごすと
晴れて退院となります
これも当然一人での外出は認められません
身内付でないと許可されません
僕の場合は姉が一緒に外出してくれました
今思うと本当に感謝です
当時は強制だったので心底そう思うことはできませんでしたが(笑)

その頃僕の趣味はテニスで
スクール木金、社会人サークル土日8時間ずつ
大会への出場の機会もしょっちゅうあって
生きる理由はテニスだったほどです
よって外出する=社会人サークルに行ってテニスをする
という図式となりました

メンバーに入院中なんすよ~
と言っても対してピンと来たんではなかろうかと思う人はおらず
反応はあぁーそうなんだ大変だね~
ぐらいでした
本当に状況をある程度理解してそっとしておいたほうがいいことがわかっている人も
中にはいたのかもしれません

僕は半日・一泊どちらの外出に関しても何も問題はなかったので
これでやっと退院の条件が整ったのでした

やっと退院

いよいよ待望の日がやってきました
仲良くなった患者さん達は10人を越えました
皆さん本当にいい人ばかりで
この記事を書いているまさにこの瞬間
退院時のことを思い出すと涙が出ました
仲良くしてくれてありがとう
お世話になりました!
※今涙出てます(笑)

退院時は親が来てくれました
一緒にエレベータに乗って仲良くしてくれた患者さん達とも本当にお別れの瞬間
ふと後ろを見てみると
全員が僕のことを見送りしてくれていて
紙にメッセージを買いて見せてくれました
当時の僕はそういうことの大切さが理解できないやつで
あぁ、ありがとうございます。必ず復帰しますよぐらいにしか思えませんでした

今の僕は結局人と人との関わり合いが最重要で
今この瞬間を生きる大切さを身をもって知ったので
そうしてくれたことのありがたみがわかりますので
号泣中です(笑)

退院後

さて必ず復帰しますよと思ったはいいですが
現実問題として退院直後はニートなわけです
驚くべきことに姉が「一緒に住むことにしたから」
と言ったのです
今客観的にその時の僕を今の僕が見るならば
そりゃ当然姉と一緒じゃないと生活できないでしょ・・・
と思いますが、状況を正確に理解しようとしていない僕は
また勝手に決めるなよ・・・と思うのでした

お引っ越し

大学入学と同時に一人暮らしが始まったのですが
それは退院時も同様でした

姉と二人で物件を見に行った際
賃貸のスタッフさんに姉がこう言いました
「弟がよくなるなら私の生活はどうでもいい」
これももちろん同じパターンですよ(笑)
当時の僕:あまり深く考えない、理解しないでスルー
現在の僕:半端ねーこんなにできた人間だったのか!こんなこと言えるやついねーよ・・・

賃貸契約の際、僕はニートですので当然姉名義で借りることになるのですが
サインの際、自分が社会復帰できる自信もないし、借りることもできないんだな・・・
と少し自分に失望した瞬間を感じました

半年は休む

入院中なんども担当医に言われたのでこれはさすがに守りました
いきなり仕事しないで半年は休んでください
姉も担当医から何度も聞いたことでしょう
とにかくテニスだけして生活しようと決めていました
実際も思った通りその通りにしたのでした

しかしテニスがあるのは土日だけなので
平日はすることがありません
起きてゲームやりながら酒飲んで飯食って
土日はテニスをして過ごしました
半年間はそのループでした


半年後

そろそろ転職活動しないとまずいっしょ・・・
というのと決めていた時期が終わったんだからまた復帰に向けて行動するのは当然のこと
ってことでまたリクナビネクストを使って
社会復帰を試みるのでした

脱ニート!脱フリーター!+若者正社員チャレンジ事業

次回予告

リクナビネクストからオファーが来ない!?
人生初の転職エージェントなるものを使うことになりました
転職エージェントに関して言うと、当時より今の方が質がいいのではないかと思います
もちろん使い方によりますが

今の僕が紹介するならこれらです
※ギークスジョブさんは転職エージェントではないですが
 一応載っけています。その他は全て転職エージェントです

・自社で腰を落ち着けて仕事がしたい方は【社内SE転職ナビ】へ
・国内初!ドローン業種専門の人材派遣・紹介情報サイト【スカイエージェント】
・IT・Web・ゲーム業界のエンジニア転職なら【Tech Stars Agent】
・フリーランス/Webデザイナー募集【ギークスジョブ】
・ITエンジニア専門の転職エージェント【TechClipsエージェント】
・株式会社ギークリー

転職エージェントのうまい使い方はこのシリーズファイナルを書き終えた後
転職のコツを書こうと思っているので
その時にお伝えしようと思います
とにかくなんでもいいからどれか選んでくれ!ですと??
そうなりますよね。えぇ、僕も見る側だったらそう思います

全員におすすめなのは株式会社ギークリーです
なぜなら僕も使ったことありますので体験談話せます
エンジニアに特化したエージェントですが、とにかく案件が豊富なのが特徴です
僕の使い方をした場合の特徴は「とにかく案件をたくさん紹介してくれる(Web上の個人ページに候補が送られてくる)」
だという認識です。僕は攻撃的に転職活動をする人なので自分からとにかくアタックします
親身に相談してくれる前提で紹介して欲しいと言えばそういった対応もしてくれるかもしれません
でも僕は相談は全くもって不要だったので相談前提が成立するかはわからないです。すんません!

レベルの高い案件に興味あるあなたにオススメなのが【Tech Stars】です
よく色んなサイトで広告を見ますが謳い文句はこれです
「年収800万円以上」
僕が転職サイトでオファーを頂戴した際、件名に「年収800万円以上のお手伝いをさせてください」
的な文言が入っていました
そのままお世話になりましたがちゃんとレベルが高そうで
ブラックでもなさそうな、なかなか的を得ていると思えるような求人を紹介してくれました

もうちょっとだけ言うと、転職エージェント1本はおすすめできません
僕の考えは複数の転職サイトだけでいい、転職エージェントは不要という結論に至っています
転職エージェントはただの情報収集のために使うもの
僕は転職10回やってますんで自分のやり方は確立しているのと
転職エージェント挟んでしまうとマージンが発生してしまうので
自分にとってのトータルで考えると一人でやったほうがよいという結論です
人によっては逆もしかりだとは思います

絶対に言えることとして思っているのは
転職エージェントを使う目的や理由は「助けを借りる」
ことが主である人がほとんどなんではないか、ということです

次回予告どころか若干転職の話ををしてしまいましたが
次回は5社目へ就職すべくとった行動がどういったもので
どういう結果となったのか
退院後待っていた窮地に立っていると思えた日々について
お伝えしていこうと思います

【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその7

お楽しみに!

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