【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその8

自宅購入

が今回のテーマです

前回は

9社目でやっとまともな働き方をすることができ
しかし年収に関してはどうにかしていいんじゃないかということで
年収爆上げ転職第一弾として
8日間で10社目の転職を決定したところまでお伝えしました

今回は

10社目での年収と仕事がどうだったか
爆上げとなった年収で生活がどうなったか
これらをお伝えしたいと思います

年収

今までの記事では具体的な年収など記載していなかったので
そろそろ書けよって思う方も多いでしょう(笑)
10社目の具体的な年収は

633万円です

9社目が483万円だったので
150万円アップです
確かに上げようとは思っていましたが
まさか8日間でこうなるとは思いませんでした
人によっては爆上げじゃないじゃん・・・
という方もいると思いますが
庶民の僕にとっては爆上げなんです!
僕にとっての爆上げを書いているのでよしとしてください(笑)


東京都の平均年収はコチラを参考にしてみてください
東京都内23区の平均となるともっと高くなります

現在の僕もそうですが
9社目に入ってから何か起こした行動というのは
結果のほとんどが想定よりいいものとなって返ってくるのでした
それが具体的に大きなものとしていうならば今回のテーマについても同様であり
11社目の転職でもいい方向へ物事が進んでいくのでした

その前に10社目の仕事の話を

いやー、ひどいもんでしたね(笑)
Webエンジニアとして入ったはずなのに
2週間で凍結となりました
新規事業ではよくあることですって??
えぇまぁそうかもしれません
しかし面接時にさんざん確認し
なんなら求人にも「Web」とはっきり記載されていたので
完全に騙された感は否めないのでした
意味がわからん・・・なぜ俺を採った(汗)
次に具体的に何をやるかも決まっていない状況で
他の社員はおろか、部のトップも次にやることを決めていませんでした
誰も判断できないじゃん。結局また僕がやるしかないんだな・・・
┐(´д`)┌ヤレヤレ
いったいこの10社目で何回、何十回ケツ拭いてあげたことか
もう何をやるべきなのか既に把握していた僕は
自分の得意分野を封印して違う分野のプロダクトを創ることを提言するのでした

RPA

次にやるべきと提言したのはRPA(Robotic Process Automation)という
簡単にいうといわゆるパソコン作業(以降PC作業と記載することとします)ってやつにおける定型作業(型の決まった作業。単純作業に近い)の自動化を実現する「仕組み」のことです
真髄は「コピペ」であります
何が嬉しいかというと派遣社員とかアルバイトを雇って
何らかのフォーマットに記載されているデータを何らかのフォーマットへ移動する「コピペ」作業をやってもらう
といった場所が往々にしてあります
例えばデータ入力とか営業支援とかでしょうかね
それによりお金を頂いている方々もたくさんいることでしょう
作業している人のスキルになればいいと思うし本人がそれがいいと思うのであれば
それもいいと思います
雇う側も得体の知れないロボットが作業をするよりかは
視界に入る目の前の人間に作業をしてもらったほうが安心ということもわかります
でも雇う側がしっかりどういったものか認識の上計算すれば
作業効率だけで言えばロボットに任せたほうがよいと思えるところも多いと思います
プログラム組めば一瞬で自動化できるものをわざわざ人がやっている・・・
でもプログラム組む人がいない場合すぐに探すこともできない・・・
そんな悩みをお持ちの企業様にうってつけなのが上記のような仕組みなのです
実際に当時既にRPAが流行ってきている時期でした

会社やそこで働く社員にとって何が嬉しいかというと
人間が直接手を下してやるのはもったいないかもしれないものである定型作業
ロボットが代行することにより以下の効果が期待できます

生産性が上がることにより不当に残業代が支給されない正社員の負担を軽く、または無くすことができたり
→安直に考えるとその分早く、または提示で帰れるということです
 そんな気がないから残業代なしで帰れないために時間だけでいうと変わらないかもしれませんが

無駄な作業を無くすことに成功したならば
生まれた時間をより高いレベルの仕事をする時間に割くことができる

といったことが挙げられます
これらは現状のままだと将来的に働き手が足りないタイミングが来ると言われている
少子高齢化による労働人口の減少の問題を
デジタルレイバーにより救えるかもしれないという
壮大な話を実現できる可能性があることを指しています

当時携わったプロダクト

リソースが限られている・・・どころか
全然チーム開発ができない2年目と新人
タメのこれまた開発できないエンジニア3人を抱えることとなったのでした
一人でやれば簡単に終わるものを
トレーニングもやってほしいっていうから仕方なく開発のいろはを叩き込んであげようかと思っていましたが
全員自発的能動的に動こうとか、責任感を持って必ず自分のやるべきタスクを
期限までに死守するといった意識は全くと行っていいほどありませんでした
そもそもそういう意識がない人を育てるなんてことが可能なんでしょうか
直近の僕は特定の領域を一人で効率的に成果を出せばいいので気が楽
チームでないのでお荷物がなくスケジュール通りにいって当たり前なんですが
一方で10社目の当時はタメのやつもここまでできないとは思わなかったのと同時に
なんとか救ってあげたくて3人全員のトレーニングをしていました

開発したものを軽く説明すると

Microsoft Officeの代表的なアプリケーションと
Webフォームの登録を対象としてRPAを実現できる
ウィンドウズPC上で動くデスクトップアプリケーションの開発を行いました
分かる人が見れば一発ですが
RPA対象とするものを極めて限定的に絞ったもので
小規模だからこそ生まれた発想と言えます
しかし当時のRPAというものは

例えば表計算ソフトであるエクセルファイルの1行を
メーラーであるアウトルックの1メール分
として自動送信するといったことが可能です

自分でプログラム組める人にとっては簡単に自動化を実現できるのですが
誰しもがプログラムを組めるわけではないので
誰でもすぐにPC作業を自動化できる話ではないかと思います

当時既に売られていたRPA製品は大手企業でないと導入できないほど金額が高いもので
さらに扱うにはプログラム書くより複雑な操作をする必要があり
自動作業をRPAに覚えさせるには専用のエンジニア(※1)が必要でした
※1 ロボット構築者と呼ばれている
中小企業で手を出せるところはそうそうありません
年間100万円どころでは済みませんからね
ただ、逆に大手企業だと導入のメリットは多いにあるため
導入企業数は爆発的とも言えるスピードで増えていったかもしれません
8000時間の事務処理を削減した三菱東京UFJ銀行の話は有名です

競合他社調査や僕がパソナへニートを装って行って登録し
そこ経由で受けた講座で実際に使ったものは
僕はまさにその開発をやっている人間なのでわかりはしましたが
操作が複雑なのと手順が多くて専用のエンジニアは必須であると思いました

真髄が「コピペ」だとわかっていましたが
やっぱり結局そこなんだなと再認識できたのでした
しかし僕はその製品を使おうとは思いません
謳っているカバー範囲は広いのですが、実際にちゃんと使える部分は
そんなに多くない印象を受けたのと
自分で都度プログラム組んだ方が金かからないしお手軽で速いからです

開発の状況

さて軽くとかいいつつ結構ガチで書いてしまいました
すんません!
当時の開発は呆れたもので
ちゃんと確認取っていついつまでにここまでやりますね
という当たり前のことを文書でやり取りしていたにも関わらず
マイルストーン毎に成果物をあげる度に
「認識と違う」「勝手にレベルを下げて作られている」といった
何のために文書で定義して確認取ったのかわからない状況が続きました(笑)
さすがに文書をひっくり返されまくったのは初めての経験で
途中から成果物をあげる先の人は開発っていうものがどういったものであるべきなのか
知ろうとしない人なのでした
エンジニアに対する暴力以外の何者でもないと思える程
破壊力のある理不尽が続いたのでした

既にゆっくり転職活動を始動(笑)していた僕は
今回は絶対入院してたまるかという想いでプロジェクトを遂行するのでした


自宅購入

開発はしんどいものでしたが
必ずすぐもっと上のステージへあがって正常な状態に戻すと決めていた当時の僕は
やっぱり当たり前のようにそうなったので
この判断は正しかったんだと思えます

少し時間は遡り
自宅購入
までの経緯をお伝えしていこうと思います

9社目の僕は都内勤務しかしたことないにも関わらず
さいたま市に住んでいたのでした
何故かっていうと、ガチでテニスしていた時期があるからです
大会優勝回数は7回、準優勝は20回はありますかね
ピーク時は週4やってました
木金テニススクール、土日8時間ずつ
そして自宅での筋トレ

あほですなー(笑)でもこの経験によって
身体が鍛えられて元気に動けるんだと実感する毎日です

大好きな社会人テニスサークルがありました
結婚式に行ったメンバーは5人でしたかね
当時の僕の生きる理由は大分そこに依存していたのですが
メンバーの結婚や出産によって自然消滅となるのでした

ある日「あ、金食い虫見っけ」
車を使う理由を失ってからしばらく経って
ようやく不要であることに気づいて
売っぱらいました
大きめのキズが3箇所あり
2年も経っていたにも関わらず
新古車並の金額で売れました
2年で4000kmぐらいしか乗ってなかったと思います(汗)
なぜキズがあるのに!?と思いました
買ってくれたガリバーさんがいうには、日本に売らないからだそうです
日本の車が海外受けいいのは知っていましたが
海外ではキズ気にしないんだそうです
日本人は繊細ですな
車が必要なら自分で運転せずに
少額を払って運転してもらえばいいのです
そう、必要に応じてタクシーを使えばよいのです
ほかにもバスとかありますからね
あと車を運転するってことは加害者になってしまう可能性も秘めているということ
何らかに当ててしまってはたまったものではありません
怖っ

車を保有していないと何が嬉しいのか
売れた日にたまたまボンビーガールで恵比寿や目黒の訳あり物件特集
やってました
なんとタイミングのいいことか
訳あり物件でこれか・・・普通のだといくらなんだ・・・
検索してみました

普通に住めるじゃん!
家賃は倍となりましたが
車のローンと維持費を考えると
支出はあまり変わらない
じゃあ目黒で決定だなと思い
早速内覧の申込みをすると
次の日目黒にて内覧をすることになりました
東京の物事の進み方早っ!
仕事は毎日東京都内でしたが
生活における東京にいる機会は少なく時間も短いものでしたので
そう思う機会はなかったので少々驚きました

次の日無事内覧がスタートしましたが
既に申し込みしている状態だそうで
これまたはえーなと思ったものです

さらにその2週間足らずの期間で引っ越しを終えました
目黒の新住居へ荷物の搬入してもらう際
引っ越し業者さんがノンストップで作業ができ
いかにこの過酷な労働をしている人たちに一刻も早く
自宅へ帰って休んでもらうかをちょっとだけ意識していた僕は
とにかく少しでも効率が下がらないように
常に置けるスペースを作りながら荷物を迎えていました
これって普通かと思ったんですが
引っ越し業者さんが言うには
「この荷物量でこれだけ早く終わると思いませんでした」
とのこと。なぜそうなったのかわからない様子でした
結構できる方だと思いましたし仕事のために生きていると仰っていましたので
その点に関しては自分に近いものを持っているなと思ってちょっと感心したものです

しかし解せないのは
常に僕がスペース作っていて
業者さん:「これどうしますか?」僕:「そこに置いてください」
が必ず成り立つようにしていたため想定より早い時間で終わったことに
気づかなかったことです
これが当たり前だと思ってしまうと
そうでなかった状況における「イラッ」とする確率を上げてしまうかもしれないため
内緒にしておくのでした・・・

ちょっと腹が立ったし驚愕だったのは
引っ越し業者さんの本社の方との直接のアンケートを頼まれたので
電話でアンケートに答えた際
僕 :「すげーちゃんとやってくれたんでちゃんと評価してくださいね」
本社:「ご意見フォームがあるのでそこで送信してください」

・・・は?理解不能パターンキタコレ
→あくまで僕基準ですからね(笑)
熱意が感じ取れるぐらいちゃんとやってくれた社員さんがいて
僕もちゃんと本社の人にわかってほしいと思ったから時間を割いてわざわざ言った言葉に対して
それはないんでないの・・・さすが現場を見てない人は違うなと思ったのでした
評価してあげてくださいまで言う客ってのはめったにいないと思うんですよね
その貴重な人に対して「口頭じゃなくて自分で文書書いてWebから送信してください」
というのは大変失礼な話だと思うんです
そんなことを仮に僕が言っちゃったとしたら
腹切ってお詫びさせて頂けませんでしょうかぐらいに思ってるんですが・・・
また一つ学んだわ。どうしようもないところはどうしようもくて
変わりようがないんだなって再認識したのでした
そういうところは自分にとって悪影響しか及ぼさないので
さっさと自分の世界から切ってしまいましょう

さいたま市の旧住居はクソオンボロアパート築48年
冬のシャワーは水量がチョロチョロでぬるいどころではない低い温度でしか出なかったのですが
まともなマンションである新住居のシャワーは快適にでます
→当たり前ですよね(笑)さいたま市のところ借りていた僕が悪い

生活が一変しました
通勤が楽すぎ座れて当たり前
山手線なんで待ち時間ほぼなし
起きる時間を30分以上遅らせても余裕で出社できました
帰りも座れて当たり前

カフェ会なるものに何度も参加して
お知り合い的な方々と出会うことができ
現在何らかの分野のスペシャリスト(であるはず)
が8人集まってなんかやろうぜっていうメンバーの1人となっています
これも僕が何かしたいと言ったわけではなくて
たまたま気にかけてくれた人がメンバーの1人として誘ってくれたのでした

前々から賃貸と分譲の違いについて興味があったので
物件を見てはいました
ある日たかだか入社4ヶ月で審査通るのかなと思って
ダメ元で事前審査を通してみようと思ったら
いきなり本審査してました
結果いきなり本審査を通過することとなります

なんでそんなことが起こったのか推測してみると
仲介業者さんの仲の良い方がフラット35の方だった
仲介業者さんは買わせたい
だったら本審査にしてしまって試してしまえ(笑)

だと思うんですよね
結果的に本審査通過の恩恵を受け
かつ仲介手数料もなんとかする僕なのでした

そういやふと思い出してみると
その年の2月に不動産投資のために新築マンションの1部屋買わないかと
知人から紹介してもらった転職エージェントさんにカフェでなぜか言われ
いかにも買わせたろ的な形で西新宿のとあるビルに連れて行ってもらい
※なぜ転職ではなく投資用マンションの話をするんだとはもちろん思っていた
社長が出てきてかなり丁寧な説明を受け
その後通るかわからないはずだったのに
数日で通ったというさらに怪しさ満載の展開だったし
自宅はしばらく賃貸になってしまうため断った経験がありました
年収的には上にはなりましたが
一般的には勤続年数などのほうが見られるポイントとしては高いようで
9社目の勤続年数11ヶ月と10社目の勤続年数4ヶ月では
前者の方が通る確率は高いんだろうなと思ったものです
それと新築はすぐに値落ちするんで投資向きではないでしょう
というアンテナは一応張っているのでした

ある日ネットサーフしていたら
仲介手数料0というのが視界に入りました
仲介業者変えることにより特に問題が発生しないのであれば
当時の僕にとっては乗り換えたほうがいいに決まっている話でした

実際に本当なのか2社目の仲介業者さんのところへお伺いし
話をしてみると、そらー書いてあるんだから本当だわな
ってことで本当に0円だったのでした
多少めんどかったのと申し訳ないと思ったこととしては
1社目で物件を3件程紹介してもらって内覧させてもらったのに申し訳ないということと
別の会社さんにお世話になるので申し訳ないっすと電話でお伝えすることでした

80万円ぐらいをカットできたことになる
(ものと思ってますが。0円がなぜ成立するのかまでは把握しておらずです)
のであまり深く考えないでいい選択をしたと思うことにしましょう

結局断トツでいいと思えた物件を無事購入することができたのでした
賃貸借りてから分譲に切り替えるまでの所要期間は
8ヶ月でした

築はいってますが住むタイミングの3ヶ月前にリノベーション済だったので
中身は新築だと思えます
将来的に貸すことを念頭に置いており
ローン完済の目処がたった際には
2件目に引っ越す予定です

前のところより10平米以上広くなったし
設備などは最新ですし
カウンターテーブルもあるし
間違いなく前のところよりいいと今でも思っています
借りたいと思えるような場所でないといけないので
超駅近にしました
人生断トツでいいとこに住んでるなと思えています
※これもさいたま市からの通勤や「オンボロアパートで当たり前」など勝手に修行していた分の成果でしょう

次回予告

次回は過酷な開発を行いながらも
狙った通りの金額どころかさらに上とも言え
さらに少なくともしばらくの間は働いていこうかとやっと思える
11社目への転職を叶えた話をお伝えしていこうと思います

このシリーズファイナルとなります

【9ヶ月で年収483万円から840万円の転職をした話】会社員として働いてきてやってきたことや思ってきたことその9 The Final

お楽しみに!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする